|
タグ
ブログパーツ
ライフログ
Books
Music
最新のコメント
最新のトラックバック
おすすめキーワード(PR)
ファン
|
![]() 「好き、ということは大事なんですね。特に関心がなくても資料を見て描くことは出来るんですが、好きで描くのとは仕上がりがどこか違う。愛情の込め方とか、気合いの入れ方が、自然に違ってきちゃうんでしょう」(和田誠 似顔絵物語) 僕は父が特別に自動車の絵がうまいイラストレーターとは思いませんが特別に車好きなイラストレーターではあったとは思います。そんな父が欲しくても手に入らなかった憧れの車が2台あると言います。ひとつはメルセデスベンツ300SL、ガルウィングのやつです。もうひとつがジャガーEタイプでした。 そんなジャガーを描いたのははモーターマガジンの目次のイラストレーションです。やはり他の車を描いたのとはちょっと違うインパクトを感じました。そんな僕の印象をぴったり表す和田誠さんの言葉があったので引用させていただきます。 フロントバンパーの下側、色が抜けちゃってるのが残念です。 ![]()
早いものでHBギャラリーで開催中の山下勇三 さしえ展も本日17時で終了です。
展示作品は膨大な原画の中からHBの唐仁原さんに選んで頂きました。 私もどの作品が選ばれているのか知りませんでしたので大変楽しみにしておりました。 その中でも最近このブログでもご紹介している車関係のイラストレーションがピックアップされているといいなと思っていたのですが、なんと3点も選んでくださいました。 ![]() FL550 ベルコ910 雨のレース ![]() 1968年 富士24時間レース(総合2位、クラス1位) ![]() TSレースの様子 全て雑誌「プレイドライブ」に父自身が執筆していた連載の挿絵です。 まだご覧になっていない方は是非HBギャラリーまで。 山下勇三さしえ展 HBギャラリー 150-0001 東京都渋谷区神宮前4-5-4 原宿エノモトビル1F (地下鉄表参道駅 A2出口) TEL. 03-5474-2325 明日29日 17:00終了 そして父の次は、和田誠さんの個展です。 ![]() おまちかねの(家族が)山下勇三展 明日からです。 HBギャラリーが作成してくださったビジュアルブック「旅仕たく」一足先に拝見させて頂きましたが非常にすばらしい出来でした。この本は今困(勇三の俳号です)の俳句に勇三の挿絵をつけたものなのですが、そのセレクトが秀逸すぎておもわず笑ってしまいました。明日からHBギャラリーにて1200円(ポストカード付き)で販売いたしますので、お金に余裕のある方は是非お買い求めください。 山下勇三「さしえ」展 6/24〜6/29 会場はHBギャラリー 150-0001 東京都渋谷区神宮前4-5-4 原宿エノモトビル1F (地下鉄表参道駅 A2出口) TEL. 03-5474-2325 時間は11:00〜19:00(最終日は17:00終了) そして父の次は、お待ちかねの(誰もが) 和田誠さんの個展です。 ![]()
姉が「キップル雑食系」という展覧会を開催しました。僕の会社の人も見に行ってくれたそうです。この場をお借りして御礼申し上げます。
キップルとは、「ダイレクト・メールとか、からっぽのマッチ箱とか、ガムの包み紙とか、きのうの新聞とか、そういう役に立たないもの」を指す造語でどんどん増殖してゆくそうです。聞いただけで断捨離っ!なんて叫んでるオバサンの目が三角形になりそうですね。 父もキップル集めの名手でした。会社から送られた父の私物の山からある封筒を開けて見ますと昔の作品の原画が出てきたりします、これはキップルではありませんが。別の封筒を開ければ「だるまや模型店」から通販で買ったHOゲージの台車の伝票だったりします。こんな伝票をよくも30年間も仕舞っておいたものです。でも家族にしてみれば毎晩毎晩こつこつと蒸気機関車の模型を作製していた姿が思い出されますし、機関車ばかり作ってたのになんで電車の台車を買ったのだろう?なんて疑問もわいてきて楽しい物です。 そんな役に立たないのに何となく保管されていた物のなかからひとつご紹介いたします。 ![]() オースチンのボディカラーの色見本です。1970年頃の物でしょうか。三つ折りを広げた所。 ![]() カラーチップは印刷ではなく多分実際の塗料を吹いた紙を貼ってあります。40年間封筒にしまわれていたのであまり退色していないのではないかと思います。 けっこう渋くていい色が多いですね。車種毎に設定されている色や内装色も書いてあります。 うちにあった赤いミニ・カントリーマンは内装も赤でしたが、青いカントリーマンの内装はグレーだったんだなんて分かるだけでちょっとだけ楽しかったりします。
姉がHB Galleryで個展をやります。
![]() 山下以登個展「キップル雑食系」 6/17〜6/22 父のもやります。 ![]() 山下勇三「さしえ」展 6/24〜6/29 小説、エッセイ、児童書など様々な挿絵の原画の展示です。 没後3年を経ての展覧会開催は大変うれしく思います。 会場はHBギャラリー 150-0001 東京都渋谷区神宮前4-5-4 原宿エノモトビル1F (地下鉄表参道駅 A2出口) TEL. 03-5474-2325 時間は11:00〜19:00(最終日は17:00終了) 父の次は和田誠さんです。 これも非常に楽しみですね。 HB Galleryから目が離せません。 ![]() 最近父の会社から届いたというスクラップブック。大量にあって全部は目を通せないのでとりあえず手に取った中にこの「マイカーレポート」という雑誌の表紙がありました。前回のミニのイラストレーションはどうやらこの表紙の没案ではなかろうかと推測します。 69.12〜71.2まで表紙を担当したようです。 ![]() また70年には「イラストルポ スピードショップ訪問」という連載のイラストレーションも担当していたようです。まだちゃんと見てないのですがヨシムラ、鈴木板金、東名自動車、レーシングクォータリー、キャピタル企業等の記事がスクラップされてました。 ![]() 車関係のイラストレーションの仕事ですが残念ながら何の仕事か不明です。 イラストボードにサインペンのようなもので描いてます。 ナンバーが「1970・1」とありますので月刊誌でしょうか? 実家でいろいろな原画を整理している時に別冊モーターマガジンの扉絵の原画がないかなあと探していて見つかったのがこの絵です。 ワイパーの跡、轍と地面にめり込んだタイヤなどから雪道を描いたものと推測します。2人が眺めているのはなんでしょう?もしかしたら白鳥でもいるのかもしれません。 〈このイラストレーションが使用された雑誌、書籍等ご存知の方はコメントお願いします〉
こちらのBlogでは私の父 山下勇三の本業以外の車趣味などを紹介しておりますが、今日は父の自動車に関わる仕事をとりあげます。
実家のガレージで見つけたぼろぼろの絵本「あかきいろあお」です。 ![]() 交通教則絵本ですね、順不同で中身も一部ご紹介いたします。 ![]() ナンバーに注目です。どうやら1970年の本のようです。 ![]() ![]() ![]() ![]() 自動車は車種がわかるほどきっちり描かれてます。英国車が大好きな父なのに国産車しか登場しなくてちょっとがっかりです。 その理由は本を裏返してすぐに分かりました、そこにはトヨタ自動車のロゴマークがありました。どうやらこの本はトヨタが作ったものだったようです。 さらにネットで調べてみるとこの絵本には小林亜星さん作曲、石川進さん唄のソノシートが付いていて、その唄はトヨタのCMでも使われていたようです。ソノシートだけならヤフオクにも出ているようです。なかなか豪華なメンバーです「教則本の皮を被ったCM」ですかね。 この絵本の原画も発見されました。2代目パブリカです。運転手さんお母様にみとれてます。 ![]()
以前カントリーマンの謎という記事を書いたのですが、なんと輸入1号車の現オーナー様よりコメントを頂きました。(写真はこちら)
それでかまやつ氏が立木氏から譲り受け茶色に塗装し森山親子が乗り継いだ車が間違いなく輸入1号車であることが確認できました。 ![]() こちらが企画室ネコの「1978 MINI」という本に掲載されたかまやつ氏のカントリーマンです。グレーに見えますよね。でも同じ本にかまやつ氏の手記が載ってます。その中で立木氏から譲り受けたのは6年前(1972年頃)で去年(1977年頃)160万円かけて白からマローン(バンプラのベージュの濃いような色)に塗り替えとありますのでグレーの出る幕はないようです。 かまやつ氏のグレーのカントリーマンというのはそもそも存在せず写真や印刷の加減でグレーに見えるという解釈でよいのでしょう。 でも以前も書いたように、1991年に千駄ヶ谷あたりで2回ほどこの写真のようなグレーのカントリーマンを見ているんですよね。かまやつ氏とは関係のない個体と言うことでしょうけど。(当時はナンバーも確認したが今となっては全然自信がない) 同じ本からかつて我が家にいたカントリーマンの写真と父のイラストレーション。 ![]() ![]()
先の土曜日に昨年に引き続き図々しくもRSワタナベの新年会におじゃましてきました。
![]() まずはRSワタナベ歴代ドライバーの写真です。 前列右が渡辺俊之社長、左が初代FLドライバーの荒井健二さん。後列左より飯田武さん、小幡栄さん、篠田康雄さん。後列のお三方は皆チャンピオンになっておりますね。 この日、荒井さんがRSワタナベにも無いという貴重なFL1号車の写真を持ってきてくださいました。 ![]() アルバムから写真を撮らせて頂いたのですが奇麗に撮れずに申し訳ありません。 ホンダ N360でジムカーナをされていた荒井さんが事故で車を壊してしまいます。それを渡辺社長のところに持ち込んで「このエンジンを使って何か作ってくれ」と依頼したことが全ての始まりでした。とりあえずフォーミラーを作ろうと見よう見まねで作ったのがこの1号車です。カウルは鉄板を叩いて曲げて作ったそうです。フロントに大きなエアインテークがありますが空冷のNにラジエターはありませんからただ空いているだけ、F1を見たら空いてたからつけたと渡辺社長。荒井さんいわくものすごく寒かったそうです。サスペンションなどもNの部品を流用しています。 1971年、ワタナベホンダと名付けられたこの車で富士のFJレースにエントリーしたのがコンストラクターRSワタナベの始まりでした。 ![]() 2号車はカウルがグラスファイバー製になりました。スチールのパイプフレームに金網をかぶせて形を作りそこにグラスファイバーを貼って作ったそうですが網の間から樹脂が流れてしまって大変だったようです。フロントの穴が小さくなって左右2分割のデザインになり荒井さんは「ぶた鼻」と呼んでました。 ![]() 3号車のカウルもグラスファイバー製ですがこんどは発泡スチロールの芯に石膏を塗った型で作ったそうです。当時は何の情報も無く全てが試行錯誤の連続だったようです。フロントの穴は完全に塞がれました。 ![]() ![]() 以上が荒井さんの車です。渡辺社長は材料費のみを請求したそうです。 つづいて初の商品車の4号車です。写真後ろの白赤を飯田さんがお買い上げになりました。飯田さんはこの後RSワタナベの契約ドライバーとなりますので唯一お金を出して買ったFLです。 ![]() ウイングなんかもF1に付いてるから付けただけ、空力もダウンフォースも知らなかったと渡辺社長はおっしゃってました。多分71年から72年頃の車です。
|