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前回、父がスポンサーの斡旋をした話を書きましたがそれでは根本的な解決にはなりません。ドライバーが十分なレース資金を得るには優良なスポンサーを獲得する必要があり、そのためにはFL500の露出を高めスポンサーが出資に見合う広告効果を得なければなりません。当時のFL500のレースは専門誌でも白黒1ページ、写真1枚程度の掲載ですから十分な広告効果があるとは言い難い状況でした。
そのために父はレースのテレビ放映を考えます。本業でテレビ局に知り合いが出来るやいなやレースの放映を提案します。父の遺品に手書きの「FL500テレビ放映の企画書」があります。5ページに渡りFLの魅力をアピールしてます。そのかいあって1977年筑波チャンピオンレースのうち習志野レーシングクラブ主催の「ラッテストーン747レース」全5戦のTBSでの放映が決定します。 残念ながら僕はこの放送を見た記憶がありません。 後年、F1中継などを見ながら父から断片的に聞いた話から推測すると父は番組の構成から編集までかなり関わっていたようでいくつかのこだわりを見せています。 その1は「日本初のフォーミュラカーの車載カメラ」ビデオカセットなんてありませんから16mmフィルムのオープンリールのカメラです。デカくて重く20kg位あったようです。当然搭載した車は重量面、空力面で大変なハンデを負います。この損な役目を第1戦では金田政行選手が請負いました。そして結果はカメラを背負ってポールトゥウィン、車載カメラには他のマシンは全然映らず、最後の方で周回遅れが映るだけで全く面白くなかったそうです。その反省から2戦目以降はダニエル・ラツール選手がカメラカーを努めました。 こだわりその2は「出走車全員が必ず一回は格好良く映る」F1の放送なんかでは下位の車は一回もまともに映らないことがありますがそれじゃドライバーが可哀相だから。 こだわりその3は「レースの流れに関係ない失敗は映さない」これもF1放送とは逆です。F1ならどんな下位の車でもスピンしたら即カメラが切り替わって、繰り返しスローが流れたりします。スピンやクラッシュこそ迫力ある面白いシーンだと思っているのでしょう。でも本当のレースの魅力は紙一重のテールトゥノーズやサイドバイサイドのはずです。もちろん入賞圏内の選手がいきなり居なくなったりしたら視聴者は訳が分らないですからレースの流れに関係あるものは放映したそうです。 カメラを搭載したダニエル・ラツール選手(ベルコ97C)
by jamacou
| 2009-04-29 00:21
| レース
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